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電車の大きく揺れた勢いで、バランスを崩した志月は目を覚ました。
たちまち霧散する、不可思議な光景。
忍の姿も、少女の影も、もう何処にも無い。
もう、声も聴こえない。
右手の親指と人差し指で目蓋を軽く抑えながら、志月は溜息を吐く。
(…転寝していたのか)
車体がまた揺れた。
真夏の太陽に灼かれ、線路が熱膨張しているのだろうか。
やけに、よく揺れる。
窓の外を見遣れば、いやに暗いではないか。
つい先刻の陽気は何処へ追いやられたのか、厚い雲が空を黒く染め上げている。
何かを吐き出そうとしている、重い空の色。
電車は、幾度と無く揺れる。
隣では宏幸が忙しなく手帳に何やら書き込んでいる。
頻繁に揺れる車体に手帳の字が歪み、彼は何度も顔を顰めていた。
志月は目をしばかせた。
(一瞬、夢を見ていた気がするのだが)
そのような気がするだけで、記憶は朧げだ。
(ただ )
妙に頭の中がクリアになった。
焦燥や罪悪感、責任、そんなものが全て吹き飛ばされ、志月の中に残っているのは最も純度の高い感情の単結晶。
過去がどうであったかなど、関係無い。
今の自分が、彼を求めている。
「絶対に、見つけ出す。
必ず、迎えに行くから 忍」
宏幸に気づかれない程度の、小さな声だった。
しかし、更に強い意志を持って、欲する者の名前を自ら口唇に刻んだ。