
scene.5
「篠舞はね、一見控えめに見えるんだけどホントはすごく頑固で能動的で目の前の障壁を蹴倒して前進していく典型的な戦士タイプなの。性格だけならそんじょそこらの男どもよりよほどオトコマエだったわよ」
とぽとぽと湯を注ぐ音と柔らかく過去を撫でる様な弓香の声。
「鉄の意志で目標に向かって前進していくの。すごいのよ?なんせ婚約者をほったらかしで留学しちゃうんだから!」
弓香はわざと右手の人差し指をぴっと立て、わざとらしく志月に耳打ちをした。
その妙に芝居がかった様子がおかしくて、志月は思わず吹き出してしまった。
「憶えてないけど置いて行かれた身としては、『薄情者!』と言って嘆くべきなのか?」
「そうね」
志月の口から出た冗句らしき言葉に、弓香もまた安堵した様に笑った。
先までの張り詰めた空気が一気に解けていった。
「それにしても忍くん遅いわね~」
不意に時計を見遣り、弓香が呟いた。
釣られて志月も時計を見ると、成る程、とっくに六時を回っている。
特に部活動をしていないはずの彼ならば、もう帰宅していなかればいけない時間だ。
「おかしいなぁ。水野くんたちと寄り道するときは必ず電話くれてたのに…」
弓香が首を傾げていた。
そして、何気に見ていた時計の時間にその顔が蒼白になった。
「いけない、夕飯の支度!!」
川島家の奥方は慌てた様子で立ち上がる。
そして、いつもより出遅れてしまったらしい夕食の準備の準備をする為にカウンターの奥へ消えた。
夕暮れの太陽は林立するビルの隙間へ滑り落ち、その残照も後僅かで消え入るであろう空に志月は目を遣った。
徐々に青味を帯びてゆく夏空のフィルタは、志月の胸にも同じ色の影を差した。
