二十分後、決して和やかとは言い難い昼食がやっと終わった。
 千里は、音楽科の特別講習に参加する為、慌しく席を立った。
 北尾もまた、職員室に用事があるとかで早々に分かれた。
 忍は、先日の約束を守るべく、不動と二人校舎内を歩いていた。
 校舎内を足で案内しなければいけないのだ。
(でもこれって普通級長とかがやるものだよなぁ…)
 忍は心の中で嘆息する。
  これで、とりあえず教室棟と第一別館の案内は終わりだよ」
 敷地内の最北、音楽棟の案内を終えて、忍は言った。
 ここまでで約二十分  昼休みももうじきに終わる。
「マジで広いな」
「学科が分かれている分、教科室の数も多いからね」
「ふん」
 不動は興味無さそうに鼻を鳴らした。
「とりあえず今日はもう昼休みも終ってしまうし、続きは次の機会に」
 この広い校舎全てを昼休みだけで案内するのは到底不可能だ。
「しょーがねぇ。続きはまた明日だな」
「え!?」
 明日。忍は思わず声を挙げてしまった。
「残ってんだろ、見てねぇとこがいっぱい」
 どうやら、全て案内し終わるまで不動の約束は終わらないらしい。
 まだ続くのか、と忍は殊更大きな溜息を吐いた。
 教室への戻り道、沈黙が続くのも気詰りだった忍は、不動に幾つか質問をしてみた。
「そう言えば、不動は何で編入してきたの? 親の仕事の都合とか?」
 実はこれは、昨日初めて会った時から何となく訊いてみたかった事だ。
 新学期からの編入なのでそれ程不自然でも無いのだが、忍はどうしても彼がここの生徒である違和感を否めなかった。
「あ? …引越しだよ、オヤが転勤族だからな」
 不動はぶっきらぼうに答えた。
「ふうん  じゃあしょっちゅう転校してるんだ」
「まーな」
「大変だね」
「別に、どってことねーよ。仕事じゃ文句も言えねぇだろ」
「それは、そうだけど」
「……お前」
 突然、不動が立ち止まった。
 忍の顔をじっと見て、何か言おうとしたのか、少しだけ口が動いた。
「何?」
 相手がそのまま沈黙してしまったので、音にならない言葉を促してみる。
  いや…いいわ」
 結局。不動はその言葉を飲み込んでしまった。
「……?」
 忍は怪訝に思ったが、特に追求はしなかった。
 別に、相手が話したくない事をわざわざ訊く事もないと思った。
「お? そろそろ予鈴が鳴っちまうな。走るか?」
 不動は自分の腕時計を確認する。
 予鈴まであと二分程だ。
「そうだね」
 二人は再び教室に向かって、今度は走り始めた。

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