scene.4

 一人きりになった病室は、とても静かだった。

  捩れた時間を、元に戻して。

  もう一度出会うところから。

 果たして、それは叶うのだろうか。
 今は、まだ分からない。
 けれど、それでも  
 僅かの可能性が、あるのなら  
 忍は、長く視界を覆っていた深い霧が、晴れてゆくのを感じていた。
(自分で、考える)
 唯一だと思って選んだ答えは、彼のためのものだった。
 それが、彼を救うたった一つの道筋だと信じていた。
 それなのに、与えられたのは、全く異なる第三の答え。
 全てが白紙になり、零になった。
(これは、罰…か)
 自分自身をないがしろにしてきた事への。
 或いは、自分自身で考える事を放棄してきた事への。
(それとも、天啓……か?)
 真新しい明日を始めるための。
 どちらにせよ、もう、身代わりは要らないのだ。
(無事退院したら、きっと、志月に会いに行こう…)
 彼女の代わりではない、自分自身として。
 忍が彼の手から奪ってしまったもの。
 それに対して何が購えるのか、今は分からない。
 ただ、自分の選んだ道が指し示す結果を、見届けなければならない事だけは確かなのだ。
(これはまだ、本当の答えじゃない)
 踏み出した足の先に、その人が居るのか、居ないのか。
 忍が本当の答えを手に入れるのは、これからだ。

 入口と反対側のカーテンをそっと開けると、晴天の空がそこに在った。
 アルミのサッシ窓に四角く切り取られた空は、雲さえもほとんど無い優しい色をしていた。
 そして、その枠の左上の辺りには、今にも消え入りそうな月がふんわり浮かんでいる。
 それはいつも見ていた、凍りつく様な月ではなく、ただ薄い、薄い残月。
 ずっと鋭い切先を突きつけていた、銀色の月はもう消えた。
 そこにあるのは、触れると溶けて消える様な、薄らと白く柔らかい月。

*2007/12/25*

前頁ヘ戻ル before /  The end.
...and to be next story. 【赫く渇いた砂の海】続編へ進ム

アトガキ

+++ 目 次 +++

PAGE TOP▲