scene.4

 折しもそれはクリスマスイブの事だ。
 日が傾き始めた夕刻。
「コニチハ」
 訛りのある日本語。
 褐色の肌。
 人懐っこい笑顔。
 玄関先に立っていたのは、篠舞の留学先での学友、アルベルト=石塚だった。
「…アルベルト…?」
 人間違いだろうか、と思ったが、それは確かにアルベルトだ。
「久しぶりネ」
 いきなりどうしたのか、とか、どうしてここに、とか、色々疑問符が浮かんだ。
 何から問うたものか逡巡しているうちに、彼の方から口火を切った。
「東条サン、今忙しイ? ワタシに、少し時間下さい」
 以前会った時より、少し日本語が上達したらしい。
「ああ、それは構わない、が  
 どうして今頃?
「渡したいモノ、ある。それと、少し話しタイコトも  
 アルベルトの表情が少し曇った。
 彼と志月の接点は篠舞のみ。
 当然、彼の話したい事とは、篠舞の事なのだろう。
「分かった、外へ出よう。支度をしてくるから、少し待っていてもらえるだろうか」
 アルベルトを玄関先に残し、志月は自室に戻った。
 慌ただしくコートを羽織り、財布の入った鞄を手に取った。
「…おでかけするの…?」
 ソファの上で転寝していた忍が、その慌ただしい気配に目を覚ましてしまった様だ。
「ああ、少し出掛けるけど、すぐに戻るよ」
「ん…わかった…いってらっしゃい」
 眠そうに目を擦りながら小さく手を振ると、忍は寝台の方へ移動していった。
 どうやら寝直そうとしているらしい。
 その様子に苦笑しつつ、志月は部屋のドアを閉じた。
 玄関先では、アルベルトが神妙な面持ちで立っていた。
 ゆっくり話の出来る所がいいだろう、と二駅離れた繁華街にある、ショットバーへ連れて行く事にした。
 店内は適度に暗く、BGMは周囲に会話が聞こえない、そして、会話するには差し障りの無い音量で流れている。
 オーダーしたものが出揃った処で、アルベルトが鞄の中から何やら取り出した。
「コレを渡しにきたヨ。シンの手帳…」
 テーブルの上に置かれたそれは、高校の生徒手帳だった。
 手に取り、開いてみると、定期券入れの部分に写真が一枚挟んであった。
 少しピントのぼけた写真。
 修学旅行の時、京都で写した写真だった。
 確か、最終日に宏幸が撮ってくれたものだ。
 志月も同じものを持っているが、篠舞にも渡していたとは知らなかった。
「どうして、俺に?」
 ふと気づいて、アルベルトに質した。
「そうネ。ほんとうナラ、シンのオトーサンとオカーサンに渡す…正しイ。…でも迷ったヨ」
 彼はそう言って志月から目を逸らした。
「どういうことだ?」
 彼女の遺品なら、まず彼女の両親に届けるのが確かに筋なはずなのに、それを「迷った」とは?
「それを、セツメイするのニ、順番…必要ネ。どこから話せバいいのカ…」
 アルベルトは大きく頭を振った。
「………」
 志月は、黙ってアルベルトが話し始めるのを待っていた。
「最初にココカラ…。犯人…捕まったネ。先月、組織に一斉捜査入ったヨ。その中に、シンの事件の犯人もイタヨ」
 がたん、と大きな音を立てて、志月は思わず立ち上がってしまった。
  落ち着いテ…落ち着いテヨ」
 大きな身振りで、アルベルトは志月に着席するように促した。
「それで、犯人の中にニ、ワタシたちの大学ノ学生…イタ。シンや、ワタシと同じゼミの生徒ネ」
 アルベルトの言葉に、志月は眩暈を憶えた。
(それじゃあ、篠舞は  級友に、売られたのか?)
 もしかしたら、ただ日本人であると言うだけで?
「警察や、正規軍、大学来たネ。一斉捜査ヨ。何か反政府組織の情報ナイか? 捜したヨ。
  その手帳、研究室の、シンの使ってタ机のヒキダシの、後ろ…落ちてたネ。
警察…軍…事件と関係ナイ言って返してくれた。
 …ケド、ワタシ知ってル。
 捕まった、犯人の学生、ルークいう。
 ルークは、シンが好きだっタ」
 アルベルトは大きく溜息を吐いた。
(それなら何故…?)
「…落ち着いテ聞いてヨ。
 ルークのオトーサン、アナタのオトーサンの会社、クビになったネ。
 チョード、アナタ来る少シ前。
 アノ日…ワタシと、アナタとシンと、グーゼン会った店、ルークもいたヨ。
 シンの恋人、どんなヒト…ルーク気にしてタ。
 そしたラ、知ってル顔だっタ。
 アノ街では有名な、大きナ会社の、オーナーの息子だっタヨ」
 アルベルトは深く項垂れ、その言葉の語尾は少し震えていた。
 志月は、何を言われたのか、一瞬理解出来なかった。

  誰が、何だって?

 一体彼が何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。
 いや、志月はそれを、理解したくなかった。


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