scene.6

 急ブレーキで身体が傾き、目が覚めた。
 浅い眠りの中で、忍の心は記憶の海を泳いでいた様だ。
(それにしても、懐かしい夢…)
 もう、今となっては朧げにしか思い出せないが、夢の中の小さな町は、忍にとって生まれ故郷だった。
「悪い、起こしたか」
 志月が、忍の目覚めた事に気づいて謝罪の言葉を洩らした。
「ううん。ちょうど良かった」
 あまり、昔の夢は見たくなかった。
 今更に気掛かりな事まで、引き摺り出されてしまう。
 両親はもとより、朱実や、幼友達、女将  
 忍自身が置き去りにしてきた全てのものが、心の壁を引っ掻くのだ。
(あんなに夢の中では鮮明だったのに、もう誰の顔もはっきり浮かばない…)
 つい先刻見ていた夢の中では、はっきりと見えていたはずの懐かしい顔は、もうぼんやりとその影を映すに止まっていた。
 記憶の片隅に僅かに残る、今は遠い町の風景。
 ふと、車の外に目を遣ると雪が降り始めていた。
 急速に、あの蒸し暑い夏の匂いが遠去かっていく。
 細く窓を開けると、外気が薄布の様に皮膚を撫でた。
  「  今日の様な行動は、良くないな」
 志月がぽつりと言った。
 その一言が、忍を完全に現実に引き戻した。
「うん  ごめんなさい」
 忍には、言い訳の余地も無い。
 志月の刺す様な視線を感じて、忍の心臓が締まる様な感覚に襲われる。
 見えない細い鎖が、心を縛っていた。
「一応未成年なんだから、その辺りの節度はちゃんと守って行動しろよ」
 彼の口調は淡々としていた。
 しかし、それが余計に圧力を感じさせる。
  はい」
 小さな声で、ようやく返事を返す。
 もう、すっかり酔いは醒めていた。
 貧血に似た不快感は少し残っていたが、意識が中を浮いた様な感覚はとうに抜けている。
「飲めないのに酒飲んだり、こんな夜遅くまで他所の家に迷惑掛けたり…」
 徐々に、志月の声が厳しいものに変わっていく。
「…本当に、ごめんなさい」
 自分でも失敗したという自覚があるだけに、どうすればいいのか余計分からない。
 忍は、俯いたまま小さな声で謝るくらいしか出来なかった。
「……」
 忍の謝罪に対して、志月から言葉は返って来なかった。
 その横顔からは、とにかく彼の怒りだけが伝わってきた。
 だから、忍もそれ以上言葉を重ねる事が出来なくなってしまった。
 それきり彼は黙り込んでしまった。
 車内を、居心地の悪い沈黙が支配する。
 緊張感に包まれた空気が幾重もの細い糸になって、忍の身体に絡み付いた。
 その見えない糸に絡め取られて、忍の身体は動かなくなってしまった。


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