scene.5
午前十時 約三時間の新幹線の旅は終わりを告げた。
最初の目的地…京都に到着したのだ。
「各班長、点呼して学級委員に報告! 学級委員は点呼の報告を受けたら、学年主任に報告しろー!」
各クラスの担任が、口々に同じ事を言っていた。
京都駅からバスに乗り、都立桜川南高校の面々は修学旅行のメッカ、平安神宮へ向かった。
そこで一通りのガイドを受けた後、昼食までの時間が自由行動になった。
「ねえ、志月と川島君はどうするか決めてる?」
篠舞に呼び止められた。
「いや? 俺はその辺ブラブラして写真撮ってるかな」
まず志月が答えた。
「んー。俺はやることもないんで、志月にくっついてブラブラ」
宏幸が答えた。
「じゃあ、私たちも一緒でいいかな?」
「私たち?」
篠舞の斜め後ろに、ちょこんと見慣れない女子生徒が立っていた。
「この子、中学校から仲の良かった子で、橋倉弓香っていうの。せっかくだから、御茶屋さんでも行かない?」
篠舞にしては歯切れの悪い話し方だった。
「別に、いいよな?」
宏幸が志月の方を見た。
「ああ、構わないけど」
別に、断る理由は無い。
「ありがとう!」
篠舞が微笑んだ。
志月の心臓が一瞬跳ね上がった。
( ?)
自分の意思に関係なく鼓動が早くなる。
不意打ちを食らった、と思った。
(文化祭で誘った時は、断ったくせに。 しかも、随分嫌そうな顔で)
本当に不意打ちだ。
(何なんだ、今の満面の笑顔は!)
不意打ちは卑怯だ、と口の中で志月はぶつぶつ独り言を呟いていた。
(お陰で、大変な事に気付いてしまったじゃないか)
どうしたものかと戸惑っているうちに、他の三人は参道沿いの茶店へと歩き出していた。
二時間ドラマの京都ミステリーなんかに出てくる様な店だった。
丸い形の窓、庭のよしず、赤い敷物が架かった竹の長椅子。
店内に入ると仲居さんが出てきて、すぐに座敷に案内された。
何故か篠舞は、恭賀初対面の橋倉弓香を、宏幸の隣に座らせた。
そして必然的に、篠舞自身は志月の隣に座った。
やがて、入り口で注文を済ませたお茶と団子のセットが、次々と運ばれてきた。
志月は団子無しの抹茶のみを注文していたので、早々に飲み終わった。
他の面子がお茶と甘物和んでいる横で、自分の荷物を広げ始めた。
「あ、写真撮るの?」
志月が俯いてごそごそしていると、篠舞が手元を覗き込んできた。
そう傍に寄られると、手許が落ち着かない。
一度意織してしまうと中々平常心には戻れないものだ。
志月の前で、宏幸と弓香が串団子を頬張りつつ抹茶を飲んで談笑している。
「結構本格的じゃない? 私、詳しくないけど、そういうの一眼レフって言うんでしょ?」
身を乗り出してカメラを覗く篠舞の長い髪が、志月の手の甲に触る。
意識が一気にそこへ集中した。
その所為で、一瞬カメラを取り落としそうになった。
篠舞は全く気付いていない様子で、熱心にカメラを見つめている。
「ああ、まあ…」
あんまり真剣に覗かれると、それはそれで遣り辛い。
「すごいねえ、本当に好きなんだね」
篠舞は素直に感心している様だった。
こういうものを、志月みたいな人間が持っていると、実家が金持ちの小若造が使えもしないカメラをポーズで持っている様に言う人間が必ずいる。
今持っているカメラは、一年生の夏休みに家に内緒でバイトして買ったものだ。
志月は、実家の事であれこれ言われる事には慣れていた。
何を言われても、大概は受け流す事が出来た。
しかし写真の事だけは、道楽の様に言われるのが許せなかった。
だから、写真が好きな事をあまり人に話さない様にしていた。
こういう時、篠舞はとても素直に物事を受け入れてくれる。
そういう処が気の合う処なのかもしれない。
「ちょっと俺、外で写真撮ってくるから、みんな適当にしてて。もし上手く合流出来なかったら見捨ててくれて構わないから」
志月はカメラを持って立ち上がった。
「あ、待って! 私も一緒について行っていい?」
篠舞も立ち上がった。
「別にいいけど、でも 」
初対面の弓香を、宏幸と二人で放り出して良いのだろうか。
「じゃあ、行こう! また後でね弓香、川島君」
半ば篠舞に押し出される様に、志月は茶店から出て行った。
一瞬期待する。
篠舞も、一緒にいたいと思ってくれたのだろうか、と。
けれど、文化祭で一緒に回ろうと誘った時、しっかり断られた事を、三度思い出した。
(そうだよな、まさかな)
やれやれ、と首を横に振った。
先刻、不意打ちを食らって、否応無く自覚させられた事がある。
( 俺は背尾が好きなんだ)
自覚した途端、既にフラレ掛けていると言うのはどうなのだろう。
志月は時の部に気付かれない様に、小さく溜息を吐いた。