scene.6
「じゃ、俺ちょっと誘導してくるわ。この辺、酔っ払い多いし」
母親に声を掛け、北尾はサンダルを履いて二人の後に続いて表へ出た。
この辺りは、目と鼻の先に繁華街がある為に、住宅街の割には交通量が多いのだ。
ふと顔を上げると、前を歩く忍の横顔が目に入った。
迎えに来た保護者氏と何やら話をしている。
北尾が見る限り、その雰囲気は至って和やかであった。
日中の素っ気無い遣り取りより、遥かに穏やかだと思った。
(何だよ、全然怖そうじゃないじゃないか。何であんなに身構えてたかなあ )
その時、あまり敏い方ではない北尾の直感が、不意に働いた。
(あれ…?)
直感というよりは、志月を見上げる忍の目にある種の感情が滲んで見えた。
まるで魚の目の様に無機質な彼の目に感情が宿っている。
(もしかして さっきあんなに身構えてたのは、叱られるのが怖かったんじゃなくて…)
凍り付いているのかとさえ思った瞳が熱を帯びている。
(…いや、まさか でも…いや )
北尾は自分の当てにならない第六感を振り払おうと試みた。
しかし、一度『そうだ』と思ってしまうと、それは中々払拭出来なかった。
(その人に、悪く思われたくない から…か?)
その目の奥に、息を潜めている思慕の色。
(その人、一体……?)
さっきの反応からして、おそらく兄弟ではないだろう、保護者氏の正体。
(……)
一つの回答が、北尾の中にじわりと拡がる。
「…? 先輩、どうしたんですか?」
すっかり黙りこんでいた北尾に、忍が不思議そうに声を掛けた。
気付けば、とうに保護者氏の方は車に乗り込んでいて、後は誘導待ちの状態になっている。
「あ…っ、ごめん。今ちょっとぼーっと考え事してた」
北尾の様子に、忍が怪訝な顔をしている。
「 ? それじゃ、誘導お願いします」
そう言って忍も助手席に乗り込んだ。
助手席のドアが完全に閉まったのを確認し、北尾は運転席側にまわった。
「この道は一方通行で、先が行き止まりなんです。だから来た道をバックであの角まで出なきゃならないんで そこまで誘導します」
北尾は運転席の志月に声を掛けた。
「よろしく」
短く答えた志月が、キーを回してエンジンを掛けた。
北尾は車を対面通行の道路まで誘導し、見送った。
繁華街の方へ車の影が消えていくのをぼんやり眺めていた。
何だか意外な物事が立て続けに起こり、北尾の頭はやや混乱していた。
酒精に思考を鈍らされていた為、尚更考えがまとまらない。
ごちゃごちゃしたと事実と感情のガラクタが散乱した頭の中で、先刻の忍の言葉だけがはっきりと響いた。
でも、今も一緒にいるのでしょ?
それが彼の、水野千里の答えなのだと思いますけど