12月23日 ― 北尾 ― Ⅱ
scene.1
忍を送り届ける事を理由に、北尾は二次会を辞退した。
しかしそれは表向きで、辞退したの本当の理由は、千里の事が気懸かりだったからだ。
彼の事が気になり、どうしても盛り上がり切れなかった。
まして二次会…三次会など、到底付き合う気分にはなれなかったのだ。
それに、出来る事なら訊きそびれている千里の話を、改めて忍に質したい気持ちもあった。
最も、すっかり酔い潰れている相手から、幾らも話は聞けないだろうと分かってはいたが。
「ただいま」
忍を肩に担いだまま、北尾は自宅へ戻った。
直接忍の家まで送り届ける事も考えたのだが、酔い潰れた状態でタクシーに乗せるより、店から徒歩で帰れる北尾の自宅で少し休ませた方が良いと判断した。
「アンタが飲みに行ったにしちゃ、早いじゃない」
夜十時 戻るなり、玄関先で北尾の母親はこう言い放った。
確かに、基本的に飲み会で出かけると、日付が変わる前に帰ってくる事はあまりなかったかもしれない。
「あら? 今日は千里君じゃないのね」
夜に集まるときは、千里は大抵北尾の家に泊まっていた。
千里の家が、この界隈からかなり遠いからだ。
「今日は、不参加」
「あら、そう。で、今日のお連れは酔い潰れちゃったの?」
「まあな。酒の席初めてだったみたいで、ほとんど飲んでないんだけど、あっという間にね。俺がうっかりしてた」
「ふふ、今どき箱入りなんだ。寝ちゃってるんだったら、客間にお布団敷きましょうか?」
質問形を取っているのに、彼女の身体は既に客間へ向かおうとしていた。
「いいよ! 俺のベッドにでも転がしとくから」
「ええーっ!? あの古くてよれよれのベッドにぃ!?」
母親が、大袈裟な声を上げた。
確かに、十年以上使い続けている年代物ではある、が
「俺は毎晩寝てんだよ! そう思うなら買い換えてくれよ!!」
全く何て事を言うんだ、と北尾は母親に抗議した。
「だってー、アンタはビールケース並べて布団敷いたって平気でしょ? その子、なんだかそういうところに寝かせたら申し訳ない感じだなんだものー。"繊細ー"って感じしない!? おかーさんは、一瞬女の子かと思って焦っちゃったくらいよ?」
母親の余りにもご無体な言葉に言い返す言葉が見つからない。
(ひでぇ…)
更にぞんざいな一言を浴びせられ、北尾は少々凹みつつ、二階の自室へ忍を担いだまま上がっていった。
階段を上りきると、さすがに空気は冷えていた。
階下から空調の熱は多少上がってくるものの、やはり火の気の無い二階は冷たい。
部屋の電気を点けると、コートを脱がせてから、忍の身体を寝台に下ろした。
そして、服の釦を緩めて襟元を楽にしておく。
この辺りの事は、毎度々々誰彼無く潰れては北尾家に泊り込んでゆくので、手馴れたものだ。
「うー……ん…」
布団が冷たかった所為か、忍が居心地悪そうに身体を動かした。せっかく掛けてやった布団から、身体が半分出てしまった。
「育ちが良さそう、というのは分かるけど 女の子、ねぇ…」
確かに見えなくも無いが 特にこうして目を閉じていると。
(背はそんな低くないんだけど、何か華奢だよなあ。色も白いし)
もう一度布団を掛け直してやりながら、つい観察してしまった。
(お、睫毛長い)
横になっているおかげで長い前髪が払われて、普段隠れがちの目許がよく見える。
「確かに、整ってるよなぁ…」
寝顔までもが見苦しくない、というのは大したものだ。
同年代の男子の寝顔なんぞ、普通は見れたものではない。
彼の場合、ただ整っているだけではなく、人間臭さが無いのだ。
生活のにおいを、まるで感じさせない。
生きている感じがしない。
一体、どんな生活してるんだろうな。
あの、静寂に包まれた大きな家の中で
兄弟なのか、親戚なのか、やはり何処か現実離れした雰囲気の青年と二人。
「あ、そうだ。こいつの家に電話入れとかないと」
すっかり忘れていた。
かれこれ十年以上使用している勉強机に、北尾は目を遣った。
そこにある、同じくらい年代ものの時計の針が、十一時を指し示そうとしている。
すっかり連絡が遅れてしまった。
(ギリギリセーフか? 割と若い人だったし、平気だろうか。まぁ、アウトでも連絡しない訳にはいかないけど…)
北尾は、部屋の電気を消し階下へ降りた。