scene.3 エントランス

 約15分後、結局要はS駅前の高級ホテル『フローリア』の前にいた。
(結局…来てしまった)
 只今フローリアでは、格安のランチコースとケーキバイキングを大々的に開催中のようで、建物の前に要の背丈ほど高さもある大きな看板が立て掛けられていた。
 高級ホテルも、集客には一苦労している様子が窺える。
 その効果はそこそこのようで、ホテルの前には女性客が多く訪れていた。
 はっきり言って要のような大男が一人で立っていると、目立って仕方が無いくらいだ。
 しかも、迷い顔でウロウロと檻の中の熊のようにエントランスの前を行ったり来たりするもので、周囲の女性客が要に不穏な視線を送っている。
 しかし、当の本人はそれどころではなく、自分がこれからどうしたものだか、それだけでいっぱいいっぱいになっていた。

 こそこそ詮索するのは、良くない。
 良くない  が。

(気になる)
 いやいや、いくら気になってもこれはマナー違反だ。
 ここは、七海と鉢合わせしてしまう前に、帰るべきだ。

(やっぱり帰ろう。どうせ昼過ぎには帰ってくるんだから、素直に何の用事だったのか訊けばいいんだ)
 無理矢理踏ん切りを付け、要は、ホテル『フローリア』に背を向けようとした瞬間  
 女性客に紛れて、見慣れた癖のある猫っ毛がホテルの中へ吸い込まれるのを見つけてしまった。
 小沢の言うとおり、やはり誰かと待ち合わせなのだろうか。
 と言うか、待ち合わせでもなければ、七海がこんなところへ来る訳が無い  気もする。
(どうしよう…)

 気になる。
 気になるが。

(マジでどうしよう)

 マナー。
 プライバシー。
 そんな単語が、要の頭をぐるぐる回る。
 しかし、足は自然にエントランスへ近づいてゆく。

『私生活でちょっとね』
 加えて、先刻の小沢の言葉も変に頭に残っている。

(あああ。自分で自分が情けない…)

「いらっしゃいませ。ご案内いたします」
「わっ」
 ベルボーイに声を掛けられ、自分がエントランスを潜ったことに気付く。
 入らざるを得なくなった。
「ご予約のお客さまでしょうか」
「いえ…」
「お待ち合わせですか?」
「は、まあ」
 と、いうことにしておこう。
「では、ロビーへご案内いたします」
 そのままロビーへ案内され、何となく腰を下ろしてしまった。
 目の前に、サービスのお茶が置かれる。
 ふと顔を上げると、すぐ目の前に七海の頭があった。
(近…っ!)
 ヤバイ。
 これはすぐ見つかる。
 要は慌ててテーブルの下の棚から新聞を拾い上げた。
 サングラスでも持っていたなら、探偵よろしく変装でもしたいくらいの距離である。
 しかし、彼は彼でなにやらチラシのようなものを熱心に読み耽っていて、周囲の事はまるで目に入っていない様子だ。
(でも、こうやってロビーにいるってことは…やっぱり待ち合わせっぽいよな)
 こんな普段の行動範囲から外れた高級ホテルで、誰と?
 いやな想像はしないように心掛けつつも、徐々に心配感が増してくるのを抑えきれない。


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+++ 目 次 +++

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+++ 目次 +++ 

    本編
  1. 嘘の周波数
  2. Ancient times
    夏祭り SS
  3. 抗体反応
    After&sweet cakes SS
    scene.1
    scene.2
    scene.3
    scene.4
  4. 依存症 [連載中]
    番外編
  1. 真実の位相
  2. 二重螺旋
    企画短編
  1. 50000Hit記念
    Stalemate!? SS

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