scene.7 限界。

 翌…午前5時30分。
 その夜、ERはここ最近でも珍しいくらい、フル回転していた。
 とにかく、搬送されてくる患者の数が多く、また、手術適用者の数も多い。
 10時の勤務開始から七時間、重症者に対する執刀回数は既に6回以上。
 平均1時間に1件の割合だ。
 単純裂傷の縫合など、些細な処置も併せたら0が1つ増えるかもしれない。
「薬局にこの伝票回して。特に、アタマの3つは至急って言って!」
 在庫が切れ掛かっている薬品類を書き出し、七海は看護師に手渡した。
 もはや、研修医すらパシリに使う余裕は無くなっている。
 いや、本音で言えば看護師だって出したくない。
「常盤木先生、救急カートの備品も幾つか欠品出てますよ」
 今薬局に走らせたのとは別の看護師が疲れた声で言った。
「ええ? 昨日補充しなかったっけ」
 救急カートには、気道確保…酸素投与…救急用採血セットなど、細々とした物品や薬剤が入っている。
「したんですけど…」
 補充した分まで既に使ってしまったらしい。
 備品も、薬剤も、補充しても補充しても、すぐ無くなる。
 皆、30分と空けず搬送されてくる患者に、仮眠する隙すら掴めないでいた。
 お陰様で医局内は既に屍累々の状態だ。
(うー…、さすがに限界だ……)
 七海は今にも机に崩れ落ちそうになった。
「もー、メスも針も握りたくないっす……」
 ほぼ同時、魂が抜けた様な空ろな声が、背後から七海の襟足を掠めた。
(何だよ、この、更に脱力感を誘う呟きは…)
 振り返ると、遠藤が机に突っ伏している。
 入局から初めて、彼が洩らした弱音だ。
 無理も無いと思ったが、ここは奮起して貰わねば困る。
 彼も一応資格を持った医師なのだ。
 勤務が明けるまでは"医師"でいて貰う必要がある。
「ホラホラ、そんな情けない顔しない。ナースにモテないぞ」
 人差し指で、遠藤の旋毛をぐりぐり押してやった。
「常盤木先生…ちょっと痛いです」
 もう気の利いた返しも思い付かない様だ。
 ようやく顔を上げた彼は、さっきよりもっと情けない声を返してきた。
「まったくもう、若いくせに情けない」
 呆れ声で七海はそんな事を言ったが、心の中は彼に同感だ。
 正直、もうこれ以上開創するのも閉創するのも御免こうむりたい。
 と言うか、消毒綿を掴むのすら勘弁して貰いたい。
「すんません……」
 遠藤の目も既に焦点が合っておらず、机に顎を乗せたまま中空を見据えている。
 人間も物品も、いい加減限界に来ている。
 これ以上誰も運ばれて来ませんように  
 ERに今いるスタッフ全員がそう祈っているはずだ。
 しかし、僅か10分後、その祈りは空しく破れてしまった。


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