scene.2 恐竜展
館内は土曜日だからか、なかなかの盛況ぶりだった。
やはり親子連れの姿が目立つが、思ったより大人一人の来館者も多い。
意外と恐竜好きの大人は多いようだ。
七海は、入り口で早速パンフレットを買い込んていた。
要のことなどすっかり忘れたように、熱心に展示物を観察しながら解説に見入っている。
(そこらの小学生よりよっぽど熱心だな)
要は、子供みたいに目を大きくして館内を巡る七海の横顔を見ていた。
もしかしたら彼は仕事以外に興味が無いのではないか、と常々思っていたので、これは意外な趣味の発見だ。
子供たちがゲーム仕立ての発掘シミュレーションソフトに群がっている中、七海は化石に夢中だ。
まじまじと化石を見詰めては、口の中で何やら独り言を呟いているのだが、その内容は要の耳に入ってこなかった。
恐竜の骨や化石そのものにはあまり子供は群がっていない。
それらに興味を示しているのは、七海と同じ、大人ばかりだ。
館内は幾つかの展示室に分かれていた。
最初は陸上の生物の部屋。
続いて空を飛ぶ生物の部屋。
最後に、海中の生物の部屋。
展示物は、子供に理解しやすいように様々な工夫がされていた。
それぞれの部屋には、ジュラ紀の森や雲の上、海底に見立てた内装が誂えてあったり、生き物によっては実物大のリアルな模型が用意されていたり。
(小学校の社会見学以来だな。博物館なんて)
子供向けの内装や照明効果は、大人には少々視覚効果が強すぎるのか、要は車酔いのような眩暈を憶えた。
七海は同伴者の存在を失念したまま、白亜の森を奥へ奥へと進んでゆく。
要はその後をゆっくりと追いかけた。
空の部屋の真ん中で、突然七海が要の方を振り返った。
「悪い。気が付いたら一人でさくさく歩いてた」
ようやく彼は、自分に同伴者がいたことを思い出したようだ。
「大丈夫ですよ。適当に見学してますんで」
「やっぱり一人で来た方が良かったかな。つまらないだろ、興味無いのにこんなのとこ」
今更申し訳無さそうな顔で要の顔を見ている。
「そんなこと無いですよ。社会見学みたいで懐かしいし、それなりに子供の頃は好きでしたよ。特撮に出てくる怪獣の延長線上ですけどね」
「そうか?」
「はい」
「まぁ、でも適当に切り上げよう。僕はヘタすると一日居座ってしまうし」
熱中していたのが、我に返ってしまったのだろう。
居心地の悪い顔で、七海は少し歩速度を上げた。
せっかく買ったパンフレットも、そそくさと鞄に放り込んでしまった。
七海が割と思い付きで行動するタイプだということに、要は最近になって気付いた。
仕事中はそれが大当たりしているのであまり気にならなかったのだが、これがプライベートになると隙だらけなのだ。
例えば今もそうだ。
そもそも、出掛ける前にどこへ行くとも言わず、それに対して要の興味の有無の確認も彼はしなかった。
チラシを見た瞬間に、「行く」という選択肢で一杯一杯になってしまったからだ。
そして、夢中になって、周囲が見えなくなり、ふと我に返って、一人で凹む。
今、七海の目にはもう展示物など映っていないだろう。
一人で盛り上がってた事に気付いて、恥ずかしくなっているのだから。
とにかく急いでこの場を去ろうと早足で歩いている。
その腕を掴んで、要は七海を引き留めた。
「俺の事が気になるんだったら、解説してくださいよ。
怪獣と恐竜の区別も付き兼ねる極小の知識量なんで、ガイドしてもらえると助かります。せっかく入ったんだから、ゆっくり見ましょうよ」
「ガイドくらいするけど、遠藤はいいのかそれで」
遠慮がちに、でも肯定を期待した瞳で、七海が要の言葉を確かめてきた。
「はい。別に何も予定はありませんし、常盤木先生の趣味なんて今まで知らなかったんで、反対に連れてきてもらって楽しいです」
要がそう言ったのは、別に社交辞令ではなかった。
七海は自分のプライベートをほとんど話さない。
そんな彼がせっかく自分の領域を僅かに解放してくれたのだから、苦になろうはずも無い。
(家族の話も、友達付き合いの話もしないんだよな、この人)
だから、そう言う部分に触れられるのはどんなことでも嬉しかったのだ。
それに、本人に言ったらきっと怒るのだろうが、要は七海のこういうところが好きだ。
(可愛いなんて言った日にゃ、グーで殴られるだろうけど)
「まぁ、遠藤がそう言うなら 」
七海は、再び鞄からパンフレットを取り出した。
そして、二人で肩を並べて太古の海への細い回廊を歩き始めた。